想像力の肥溜め

文章というか、文字列の集合体

 

ネットのニュースで見た。東京は今日までで14日間連続で雨が降っているそうだ。

せっかくの夏だというのに、出かけるにしてもこの天気では場所が限られる。海の家はかなりの経営損失の痛手をくらっているだろう。もちろんプールも同じだ。僕も雨の中、鎌倉に行ってきた。雨の鎌倉に風情があるのは紫陽花が寺を彩る6月頃であって、8月の雨は天然ミストサウナの発生原因に他ならない。非常に厳しかったが、ところどころ止んだりして、その度にカメラのシャッターを切った。そういうのも、まあ無しではないんじゃないだろうか。

イギリスの写真をまとめた

グリニッジ天文台

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 ロンドン

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郊外

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慣れた夏休み

 

夏休みが始まってもう一週間が経過した。すでに生活習慣は破綻の一途を辿りつつある。朝6時に寝て、12時に起きて、14時からバイトをする。バイトから帰ってくるとそのままネットサーフィンをして、ループの先頭へと戻る。もうずっとこんな生活だ。サークルも何もないし、独り身なもので誰とどこに行くこともない。ただ塾で気の合う生徒と話すことが唯一の楽しみだったりする。

ただ、別に華やかな生活を送りたいなんてことは思っていない。華やかな生活にはエネルギーが必要であるが、僕はそのエネルギー貯蔵量が著しく低い。すぐに参ってしまう。だから、自分には関係ないんだと、理由をなんとかこじつけて目を背けることに注力をするしかない。

それはそうと、この頃街中で女子高生を見なくなった。いくらシーズンオフだからと言って絶滅したわけではないだろうに。やはり制服を着てないとわからないものなのだろうか。そんな単純な問題なのだろうか。ひっそりと身を隠してるのだろうか。一体何のために。いや、考えるだけ無駄だろうな。結局僕はバイトに向かうだけなんだし。

雑文

 

なんとなく部屋に転がってた小説を、なんとなく手に取りそのまま少し読んでいたらなんだか文章が書きたくなってしまったので、少し書きたいと思う。

まずは何からがいいかな。そうだ、季節の話をしよう。

僕は夏があまり好きではない。理由は非常に単純明快で、それは兎にも角にも暑いからに他ならない。春はいい。少し暖かくなったかな、なんて思いながらあと少しで花を咲かすであろう桜の蕾を愛でる。曇りがちな空に悪態をつくのもいい。秋はなおいい。温泉が気持ちいい。秋に入る露天風呂は日本が持つ最大の魅力と言っても過言ではない。イチョウ並木を歩くだけで夢に堕ちたような感覚に陥る。センチメンタルになりやすい。日もかなり傾き始める。長い影が映るようになる。冬はかなりいい。寒いが、寒さはセンチメンタルに繋がる。そしてセンチメンタルはいい季節には欠かせない要素である。朝起きた時、まだ真っ暗である空を眺め、非日常感を感じつつ朝の支度をストーブをつけたての寒い部屋で行う。やけに重ね着をして、日が顔を出し始めた頃に家を出る。温かい飲み物が最高に美味しく感じる。ココア、コーヒー、ポタージュ、ティーは夏に飲むそれとはまるで大きな差が生まれる。

夏はどうだろう。朝起きてすでに明るい。蝉がせわしく一週間の命を燃やしている音が聞こえる。身体は少し汗ばんでいる。温かい朝食が喉を通りづらい。外に出るとオーブンに入ったかと思うような暑さが身体を包む。皮膚は刺されるように痛む。あるいは蚊に刺されるかもわからない。センチメンタルもない。全くないわけではないが、夏以外の季節と比べて非常に感じにくい。よく、夏の夜はセンチメンタルだとか、入道雲にノスタルジーを感じるとか言う言葉が耳に入るが、あれはまやかしに他ならず、そんなものは夏の暑さにやられてしまった脳が起こしている錯覚である。

 

このように夏は忌まれて当然であるような季節なわけだが、いい点も少なからずではあるがある。それはまず一つに、女性が薄着であること。次に、女性の露出が高いことである。この二つのいい点によってまだ夏は生きるに値する季節としてなり得ているのであって、もし日本がイスラム圏になったその日には僕は夏を冬眠の時期として定め、生命活動を極限に抑え家に籠っていることだろう。

 

と、今日はここまでにしようか。

フリーWi-Fiについてす

 

先日バイト帰り、駅で電車待ちをしている時、柱に「フリーWifiあります」と書かれたステッカーが貼ってあるのを見かけた。そして、この前ニュースかなんかで、東京オリンピックまでに東京中の都心部にフリーWifiを張り巡らせる計画があるというのを知ったことを思い出した。ステッカーが貼ってあった駅は東京ではないのだが、この計画はちょっとどうかなと個人的には思うところがある。

 

まず第一に、そんなにフリーWifiが必要かということ。今のご時世、スマホ時代であるから、Wifiなんて空港に行けば観光客でも簡単に借りることができる。それもそんなに大袈裟になるほどの値段はかからない。何だったら少なめのデータ量のSIMだって家電量販店で手に入る。

それなのに、わざわざお金をかけてWifiスポットを作る意味があるのだろうか。もし、「フリーWifiがあるから東京はいいわね。行きましょうか。」と外国人旅行者がなればいいが、そんなことは少ないだろう。あったら嬉しい程度の話にとどまると思われる。

 

第二に、それだったらそのWifiスポットを作るためにかかるお金を、もっと観光アピールの主となるもの、あるいはそれにできる限り近いものに使うべきではないのか。想像力が乏しい人種の僕にはあまりいいアイデアが浮かばないのだが、頭のいい上の方々はきっと素敵な考えを思いついてくれるだろう。

(しかし、その結果がこれなんだろうな…)

浮遊感

浮遊感に包まれてるなう。落ち着かない、着地点を見失ったパラシュートのようにどうしようもない気持ちだけが僕を揺らす。というポエム。
ドッキリをされることを事前に予告されていて、その時を今かと待っている時のような、落ち着かない気持ち。
化学的に言うと、僕は今、非常にエネルギーが高い状態にある。なので一刻でも早く低いエネルギー順位に遷移したい。しかし、ここでひとつ考えてみよう。その時に放出されるエネルギーとは一体なにエネルギーなのだろうか。原子であれば光なのだろうが、僕は人間であるゆえそのようなことはできない。発光人間ではない。体内で発酵はしている。ここでのエネルギーはやはり性欲ではないだろうか。いや、待て。エネルギーは熱と等価であるということを僕の祖父が言っていたのを今思い出した。なるほど!!ではやはりあのエネルギーの正体は………!!!!

Tokyo Coffee Festival 2017 Summer

 

Tokyo Coffee Festival 2017 Summerに行ってきた。青山と渋谷の間の国連大学というところで開催されていた。

 

 

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まずは試し飲みカップを買って、いろいろなお店へ並ぶ。

 

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ファーマーズマーケットも同じところで、こちらは毎週開催されているらしい。

 

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表参道あたりを歩く。

 

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ほんと洒落てる街だなあと思った。

 

意味を見出す

 

最近、生きる意味について考えることが頻繁にある。

哲学的な意味ではなくて、もっと単純に何をするために生きるんだろうと。

学校の授業は退屈で、行き帰りだって一人で時間を潰すことに終始する。家に帰ると適当に課題をこなすなり、Youtubeを観るなりして、あとは風呂に入って寝る。そして朝起きてまたこれを繰り返す。

ほぼ浪人時代としていることと変わらない。勉強の時間が減り、ぼーっとしてる時間が増えたくらいなものだ。

そこで考える。なんで大学に行ってるんだろうと。勉強は辛い。しかしこれは大学を卒業して就職をするためなんだと自分に言い聞かせる。しかし、就職した先に何があるのだろう。一般には生計を立てて生活をするために働くのだろうが、そもそもなんのために生活をするのだろうか。家族でもできれば、家族を養っていくことが父親の使命となり、そこに生活する意味は生まれるのであろうが。

 

恋人なりも同じようなものだと思う。スピッツの恋のうたという曲の歌詞にはこうある。

君と出会えたことを僕が生まれてきた意味にしたい

すごい。君が僕の生きる意味とでも言ってるようだ。生きる意味が明確としている。

 

僕には恋人がいないのでこの気持ちを想像することに少しの難しさを感じるが、これだけ信じられる生きる意味があれば幸せなんだろうなと思った。

 

 

クエスト

今週のお題「テスト」

ベットの上でただひたすらiPadに指を沿わせ、スポンジばりに中身がスカスカな時間を日曜日の夕方に満喫している。さて、取り留めのない駄文でも書くかと、ブログページを開くと「テスト勉強してる?」なんて、はてなに煽られたのでこれについて何か書きたいと思う。

 

私は基本的に勉強が嫌いなので小中高は一貫として宿題をせず、なのにろくに授業も聞かず、テスト前になってただひたすら焦るも結局のところ勉強しないでテストに臨むような生活をしていた。当然点数はよくないし、成績だってよくなかった。しかし、一般的なテストがそうであるように、学校の定期テストだって勉強をすればきちんと点が取れるようになってる。だから学生諸君はきちんとコツコツ勉強しようね。

アイスコーヒー始めました

 

アイスコーヒーを始めた。

この頃、食後のコーヒーを入れるためにキッチンに立つと、途端に汗が身体中から吹き出すようになった。それもそのはず、もう7月になろうとしている。何もしなくても暑いのに、ホットコーヒーなんぞ入れた時にはそりゃ素早く地を這う蛇のように汗が肌を這ったってなんらおかしくない。そんな時期にまでもうやって来たということだ。

 

ということでアイスコーヒーを始めた。水出しコーヒーというものだ。お湯でコーヒーを入れるのではなく、文字通り水でコーヒーを抽出する。熱を加えないので雑味や苦味がコーヒーに入りにくく、とてもまろやかで澄んだコーヒーになる。

そして水出しコーヒーには、麦茶のように、挽いたコーヒー豆をパックに詰めてそれを水に浸す方法と、挽いたコーヒー豆に専用の器具で水を一滴ずつ垂らしていく、二種類の方法がある。後者の方がよりしっかりとした味わいになるので、今回もその滴定式(これで入れたコーヒーをダッチコーヒーと言う)でコーヒーを入れることにした。

 

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約2時間ほどで440mlが抽出される。じっくり待とう。ちなみに使用しているのはiwakiというメーカーのもので、非常にポピュラーでAmazonで容易に手に入るので、よかったら試してみて欲しい。

 

Amazon CAPTCHA

 

 

 

 

あと一歩

 

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あと一歩踏み出せたならば、そう考えることがよくある。

写真もそう。ズームでは出せない表現がある。

 

 

マナーとモテ

 

マナーがきちんとしてるやつの方がモテるに決まってる。

そう思い込みながら人生の歩を進めてきた。本当にそうなのだろうか。

 

私は頑固というか融通が利かない性格なので、自分が大事だというマナーに関してはよっぽどの事がないとそれを曲げることはできない。例えば小学生の給食の配膳で私がごはん担当だったとき、私はごはんを一回で盛るのは仏様に対してだけだと言われていたので、それを守り、二回に分けてごはんを盛っていた。しかしそれに不満をいう人も当然ながらいた。一回に比べて盛る量が増えるからだ。少食の人にとってはとんでもない仕打ちを受けたというとこだろう。もちろん効率だって悪い。でもやはり当時の私はあくまで自分の中での正義を貫くことをまず第一に考えていた。俗にこれを確信犯と言うらしい。

 

これは正しいはずなのだが、電車を降りるとき、これから乗る人は降りる人にまず乗車口を譲らなければならないだろう。しかし、できてない人も結構目につく。若き、老いに関わらずだ。

 

私はさらにエチケットにうるさい。咳やくしゃみ関連など。まず手を当てない人は論外だ。さらに手を当てているとしても、下を向いたりなるべく人のいない方向を向くべきである。自分は必ずそうする。

 

ここまで私がいかに面倒な人間かをつらつら書いてきたわけだが、果たしてこれらがどのようにモテの話に繋がるのだろうか、そう思ってはないだろうか。そう、ここからが本題である。以上のマナーを守れない人とモテには正の相関がない。このことを言いたい。マナーがきちんとしている人を女性は好む。これが全て間違っているとは言わないが、マナーに縛られガチガチに生きている人よりももっと「適度に外している」人の方が女性に好まれる傾向があると私は思う。

 

ももっとそういう生き方をしてみたい、そう思った。

初夏の深大寺に行ってきた

 

調布駅で降りる。しばらくさまよった後、いい匂いがする店のある交差点を曲がったところに神社があったので立ち寄った。

 

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 鳥居のそばに立っている女性がいい雰囲気を醸し出している。

 

深大寺はいい感じに賑わっていた。混みすぎもなく、閑散としすぎず、ちょうどいい人の多さだった。

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露店が多い。

 

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かき氷の旗があると撮ってしまうのが性らしい。しかしストリートビューで見て見ると、どうやら冬でもこれは出ているらしい。

 

そして名物である深大寺そばを食べた。友達がカップル席に座りたいと言ったので、それに従い、鯉のいる池に面した二人席に座った。

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つゆが冷えてなかったのが残念ではあったが、概ね満足であった。腹を落ち着かせるためゆっくりとブラブラする。

 

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新緑が綺麗だった。

 

途中で雨が降ってきたので、敷地内にある吉祥寺行きのバスがくるバス停でバスを待ち、そのまま吉祥寺へと向かった。吉祥寺で少しお茶をした後、帰った。

一度行って見る価値がある場所であった。

 

 

風呂上がりの牛乳

 

ついさっき風呂から上がった。まず身体を拭き、部屋着を着て、そのまま冷蔵庫に向かった。冷蔵庫を開け、牛乳を取り出しグラスに注いだ。そしてそれを一気に喉に流し込む。ドクドクという音がたまらなくキッチンに響く。あっという間にグラスは空になった。そしてまたグラスに牛乳を注いでいく…

 

これら一連の動作は意識して行っているものではない。いわば受動的動作である。私はタオルに身体を拭かれ、部屋着に着され、冷蔵庫に向かわされ、牛乳が喉に入っていく。自分からではなく、過程で出てくるもの自体が私を一連の動作に落とし込もうとしてくるのだ。

 

この現象を私はオートミルク、そう名付けた。

 

 

明日も学校である。

6月も半ば

 

やっと関東も梅雨入りだと言われた。

しかし、梅雨でも非梅雨でも、僕に学校に行くという使命があることには変わりない。春一番が吹いた日でも、快晴でも、秋晴れでも、木枯らし一番が女子高生のスカートの裾を翻そうとも、変わらず僕は学校に行く。そういうことになっている。

 

何はともあれ、1時間半をかけて僕は毎朝学校に行く。1時間半とはとても長い時間だ。カップヌードルであれば30個分ができあがるし、映画の予告編を40本ほど観る事ができる。何人の爪をヤスリにかけることができるだろうか。マメな女子高生の爪にペディキュアを塗ってあげることだってできるだろう。そんな1時間半を僕は毎朝消費している。そして夕方にもまた消費している。毎日3時間。1/8日。180分。これだけの時間があれば、カップヌードルであれば60個分ができあがるし、映画の予告編を80本ほど……。

 

閑話休題。最近の話だが、僕はなんとも大それたことをしてしまった。どうかしてしまったのかもしれない。なんとも不思議なことで、まだ自分自身半信半疑なのだが、

僕はスタバの店員アルバイトの面接を受けてしまった。スターバックスコーヒー、それは自意識の権化である。権化であるがゆえ、僕はその実体が気になって仕方がなかった。なので応募した。

質問といえば、まあさすがは自意識の権化といったところで、チームであることで見いだせるメリットは何か、相手との関わり方で一番気をつけてることは何か、のような残虐極まりない質問の形をした洗脳のようなもののシャワーを間髪入れずに浴びせてきた。僕はタジタジになった。鼻から変な汗が出てきた。面接官は毅然としていた。僕はまた鼻から変な汗が出た。

間も無くして面接は終わった。すかさず鼻から出た変な汗を拭き取った。そして一緒に面接を受けた女の子と一緒に家まで帰った。

 

ちなみに結果は見ていない。なぜなら僕は自意識の権化のペットになるつもりはないからだ。あくまで僕は中立でいたい。そして毎朝1時間半かけて学校に行くのだ。